「なぜ希望は消えた」感想

昨日のETV特集
「今回、徹底取材したのは「戦後農政」。「ネコの目農政」と揶揄(やゆ)される政策は、どのようにして生み出され、現在に至ったのか? これまで明かされることのなかった政策決定の裏舞台について、元官僚たちが証言する。なぜ農業基本法の理念は壁にぶつかったのか? なぜ減反政策が続いたのか? 番組では、山形市で50年目のコメ作りに励む、ある農家の証言と照らし合わせ、この半世紀を振り返る。」NHKホームページより。


畑作農家だから米作農家について今までよくわからなかったが、
今まで不思議に思っていた50年間の農政、一時間半の番組でようくわかった。いい番組だった。
米農家が国の政策に振り回され金持ちになれると、そそのかされて、希望を持って働いていたのに、
アメリカみたいな裕福な大規模農家には結局なれなかった。(農業収入以外で金持ちになった人はいるけど)

まずアメリカをお手本としたことが間違っていた。狭い国土、土地神話が大好きな農民。
誰が土地手放すか。
河野一郎、農家出身の大臣は将来うまくいかないと断言していた。農家の心理を知っていた。
しかし、お役所の連中は疑問を持っていながら法律で決まったからといって、逆く戻りはせず。


確かに農地整理によって、曲がっていた区画がまっすぐになり、耕作しやすくなった。
農道が整備され、大型機械化が導入され、生産性は飛躍的に進んだ。農業収入は上がったが、
作りすぎ。安値、皮肉なもんだ。減反政策。


社会現象として、一家あげて離農することも、先祖代代の田を売ることも、米余りコメ離れも、東大出のキャリアたちは机の上の計算だけで、全く現実と違う方向に行ってしまった。


お粗末な試算。農家が半分やめれば自ずと耕地面積2.65haの大規模農家となって
他産業と見劣りしない収入でもっていい暮らしができる。それを信じた。

じゃあ農家を辞めた人たち、土地を手放した農民はどうなるの?
農政のシュミレーションでは離農農家は都会に出て工場で働いてもらう。
(挙家離農は起きなかった、農政の誤算)

頭っから農業する人をリストラしていく政策、大規模金持ち農家に食料生産をまかせておけばいい、
それでこの国の農業を維持していく方法。弱小農民は切り捨て。
過剰生産、米余りの時代になりながら農民は米価を上げてもらうことしか増収の手段はない。
どうして農協のいいなりになって、他の作物を作らなかったんだろう。

生産性の低い、利益を上げられない小規模農家はさっさと農業をやめて、都会に出て行ってもう田舎へ帰ってくるなと言わんばかり。
農民というよりも、国の基幹である農業そのものを侮辱した政策であったと思う。
よくもシャアシャアとテレビに出てくるな、と思った。

私の父も私に農業を継がせないために、一生懸命は働いて農業収入で、大学に行かせてくれた。
その本当の思いは、儲からない農業に継がせないため、都会の会社に行ってもらうため、もし市役所や県庁行ってもらったら、いうことなし、町中の農家に自慢できる。

父が病気になって私が農業やるといった時も、内心うれしかったであろうが、いい顔はしなかったことを思い出す。



50年たって農業人口はだいぶ減ってきたが、皮肉にも、悲願の?大規模農家の耕地面積が増えたり、会社組織の農業法人が増えたり、
悲観的なことばかりじゃない。
でも私個人としてはサラリーマンしてまで農業したくないな。

農政に期待する、じゃ今度は罪滅ぼしとして一人一人の農家を大切にして、ずっと農業で食っていける政策、
新規の就農者を真剣にバックアップできる体制を作ってほしい。





お昼、和歌山ラーメンを食べる。
かなり細い麺で、口の中にじわっとうま味甘みが広がる。また行きたい。
若い店主は意外とやさしそう、楽しそう。

かなり美味しゅうございました。